まともな奴?そんなのいませんけど?
『WORKING!!』を語るなら、まずここからだ。この作品、主人公からしておかしい。小さいものしか愛でられない「ミニコン」。なんだよミニコンて。一歩間違ったらアウトなやつだ。普通、主人公は読者の分身になる常識人ポジションのはずだろう。その席が最初から空いていない。
舞台はファミレス。そこで働く面々も、店の外にいる人間も、全員どこかがヤバい。それなのに、読んでいる間ずっと笑っていられる。気づいたら最終巻まで浸かっている。そういう沼だ。
まともな奴が一人もいない
この作品のキャラは、全員が何かしらのヤバさを標準装備している。
男を見ると反射的に殴ってしまう男性恐怖症の先輩。日本刀を差したまま接客するチーフ。仕事をせずにひたすら食べ続ける店長。従業員全員の秘密を握ってニコニコしている男。家出して店に住み着く自称16歳。ホールに立っているだけで、この密度だ。
「でも一人くらい常識人がいるんでしょ」と思うだろうか。いない。一見まともに見える佐藤さんも、ふっつーに変だ。ツッコミ役の小鳥遊が実は一番やばい、という構造も効いている。逃げ場がない。
店の外もそうだ。小鳥遊の家族なんて、魔窟並みのおかしな人の巣である。
しかも年が上になるほど変人度がグレードアップしていくという恐ろしい設計だ。
高津カリノという作者は、本当に変なキャラを作るのが得意なのだと思う。しかもそのヤバさが一発ネタで終わらない。連載を通してずっと擦れるヤバさとして設計されている。だから何巻読んでも飽きない。
どの二人を組ませても面白い
変人を大量に並べるだけなら、実は他作品にもある。
この作品のすごさは、その変人たちの掛け合いが全部成立していることだ。
キャラが濃い作品は、組み合わせによって会話が破綻しがちだ。
濃いキャラ同士がぶつかると、お互いのネタを潰し合う。
ところが『WORKING!!』は、どのキャラ同士でも自然で面白いやり取りが生まれる。
ボケとボケがぶつかっても、ちゃんと会話として転がる。誰かが軸を失わない。
種島さんを見てみよう。なんだかんだ、あの子は全員と合う。
小鳥遊と組めば「小さい」いじりが始まり、佐藤さんと組めば妙に仲のいい先輩後輩になり、伊波さんと組めば健気な応援役になる。
相手によって出てくる面が変わるのに、どれも種島さんのままだ。
この「どの二人を切り取っても面白い」状態が、全キャラ分の組み合わせで維持されている。
読んでいてずっと笑ってしまうのは、キャラ単体の力ではなく、この掛け合いの精度によるものだ。
命の危険を感じながら楽しむ恋愛
そして、この作品を語る上で外せないのが恋愛だ。作中で4組の恋愛が動く。日常ギャグで笑いつつ、少しずつ進んでいく恋愛も楽しめる。二度おいしい。
ただし、普通のラブコメを想像してはいけない。
なにせ変な人たちの恋愛だ。一筋縄で行くわけがない。
小鳥遊と伊波さんを見てみよう。かたや出会い頭に殴る男性恐怖症、かたや小学生以下しか受け付けない何か。この時点で成立する未来が見えないのに、そこからさらに女装やらなんやらで問題が起きる。どないなっとんじゃい。
しかも伊波さんのパンチは、電柱や壁にヒビが入るレベルだ。普通、死ぬ。
小鳥遊が異常に頑丈だから成立している関係である。途中からは男性恐怖症と関係なく照れ隠しで殴っていて、それがまた笑える。
時に笑い、時にハラハラし、時にドキドキする。
命の危険を感じながら楽しむ恋愛という沼が、ここにある。
一方の佐藤さんは長い。長すぎる。想い人の隣にはずっと店長がいて、周りの連中はめっちゃ介入してくるし、なにせ相手は刀を持っている。
こちらは命の危険というより、胃に良くない恋愛だ。
ヘタレだけど、そう、ヘタレだけど、彼は本当にがんばった。
読み終わる頃には佐藤さんに敬意を抱いているはずだ。
これだけ引っ掻き回しておいて、メインの二組は割とスッキリと終わる。
散々笑わせてハラハラさせた恋愛が、最後はちゃんと着地する。この読後感の良さも沼の一部だ。
恋愛にならない組み合わせにも沼がある
4組の恋愛の裏で、恋愛と関係ないカップリング的な関係が同じくらい濃い。
これがこの作品のもう一つの顔だ。
筆頭は相馬と山田だろう。人を揶揄うのが大好きな男と、人間関係を引っ掻き回すのが得意な家出少女。凶悪さで言えば作中屈指のコンビである。
なのに、この二人のやり取りが妙に和む。兄妹っぽい距離感なのだ。
相馬という男は、他人の秘密を握って笑っている性格の悪い奴だ。ただ、付き合っていくとわかる。
なんだかんだ世話焼きで、仲間に対しては色々気を使っている。
そう、性格が悪いだけなんだよ。そして山田に対しては、実の兄よりもよっぽど兄をしている。というか山田兄は問題がありすぎる。
恋愛4組を追いながら、こういう「恋愛ではない関係」の変化も同時に転がっていく。誰と誰のページを開いても、何かしらの関係が動いている。カップリングの沼としても優秀な作品だ。
気づいたら最終巻まで浸かっている
『WORKING!!』の読み味を一言で言うなら、浸かり心地が良すぎる沼だ。
まず、ずっと笑っていられる。ギャグの打率が高く、不快なキャラいじりで笑いを取りに行かないから、安心して読める。読んでいてイラっとする場面がほぼないというのは、日常コメディとして実はかなり貴重な性質だ。
そして、4コマなのに話がちゃんと進む。日常ものだから世界がガツっと変わるわけではない。それでも、キャラの関係は着実に動き、恋愛は前に転がり、止まっている人間がいない。4コマのテンポで笑いながら、いつの間にかストーリーに引っ張られている。
だから途中で飽きない。「今日はここまで」と思って区切りをつけても、次の日にはまた開いている。そして最後は、広げたものをスッキリ畳んで終わる。快適に浸かれて、ちゃんと満足して上がれる。沼として理想的な設計だと思う。
アニメからでも漫画からでもいい
私はアニメから入った。あの変人たちが喋って動く、それだけでもう面白い。
特に小鳥遊のツッコミはアニメだとキレッキレで、声がつくことでヤバさが倍増するキャラが何人もいる。
一方で、漫画には漫画の良さがある。原作は4コマで、アニメとはリズムがけっこう違う。エピソード数も漫画の方が多いから、アニメで好きになったキャラをもっと堪能したいなら原作に行くしかない。
つまり、どっちから入ってもいい。アニメで動く変人たちに笑ってから原作で浸かるもよし、原作のテンポで笑ってからアニメを確認するもよし。
そして、この沼には続きがある。同じワグナリアの姉妹店を描いたWEB版、通称「猫組」だ。こちらは人間関係がさらに複雑で、面白さでは本編に負けていない。本編を読み終えても、まだ先がある。
まともな奴が一人もいないファミレスは、今日も元気に営業中だ。まずは扉を開けてみてほしい。
同じように日常と恋愛で笑える沼を探しているなら、こちらの沼ガイドもどうぞ。


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