五十嵐正邦という漫画家が好きだ。
この人の作品は、ギャグのキレ、テンポ、キャラクターの魅力、そして絵の表現力がとにかく刺さる。
『川柳少女』は、その五十嵐正邦の代表作だ。
全13巻、完結済み。アニメも2019年に放送された。
言いたいことを全部五七五の川柳で伝える女の子と、見た目が怖いけど中身は純粋な男の子のラブコメ。
4コマ形式で、テンポよく読める。
読み返して改めて確信した。
これは「キャラクターに会いたくて何度も開きたくなる漫画」だ。
五七五で会話するということ
この漫画の主人公・雪白七々子(ナナコ)は、極端な口下手で、短冊に川柳を書いて会話する。
中学時代に川柳教室で出会ったエイジがきっかけで、五七五で気持ちを伝えるようになった。
五七五、たった17音。
その制約の中で、好きな人へのアプローチも、日常のやりとりも、全部表現する。
作者は「表現に制約を設けた方が面白いネタを作りやすい」と語っている。
この制約がどんな川柳を生むのか。全13巻の中から、特に好きな句を紹介する。
「実言えば 五問前から 意味不明」
授業中、先生に指名されたときの一句。正直すぎる。
「詳細は 私のブログを 見てください」
自己紹介を川柳でやったらこうなった。自己紹介になっていない。
「85 59ちょい 82」
部長のスリーサイズ。数字だけで五七五が成立する荒業。
「さあ起立 珠玉の授業 今開始」
日直になったナナコが号令をかけるシーン。なぜかこの気合い。
そして、作中で最も重要な川柳がこれだ。
「かまわない どう見られても きみとなら」
序盤でナナコが詠む句だが、後にナナコが同級生と再会して落ち込んだとき、エイジがこの句をナナコに返す。同じ17音が、別の場面で全く違う重みを持つ。川柳で会話する作品だからこそできる演出だ。
ナナコとエイジ
ナナコという主人公
ナナコはめちゃくちゃ美少女で、エイジに対してかなり積極的にアピールする。
でも川柳というワンクッションがあるから、あざとさを感じない。むしろ奥ゆかしく見える。
アピールに気づいてもらえないときの表情がたまらなく可愛い。
表情豊かで、エイジしか意識していない一途さがずっと描かれている。
あと、めちゃくちゃ食う。
天然でちょいちょい驚きの言動をとる。
髪を自在にコントロールする謎の能力がある。ジェットコースターで髪がブワ〜ってなるシーンを自分で再現しているのは笑った。雨の日は自分で抑えてないともじゃるらしい。
エイジという相手役
毒島エイジは強面で怖がられがちだが、中身は全く怖くない。裏表がない。
むしろ純粋で、知れば知るほどいいやつだとわかる。
物語が進むにつれて、クラスの皆もエイジが怖くないことに気づいていく。
こういう誤解が解けていく流れが好きだ。
運動能力が高い。妹を溺愛している。サンタは中3まで信じていた。
エイジの面白さがよく出ているのが、カップラーメンにスマホを落とすエピソード。
故障したスマホを持って店に行き、店員に「どこに落としましたか?」と聞かれて「塩?いや、味噌?」とラーメンのフレーバーを答える。
この直球のズレ方が五十嵐ギャグの真骨頂だ。
エイジはちょいちょい大事な言葉を省く癖がある。そ
れが勘違いを引き起こすのだが、本人に悪気が一切ないから笑える。
ナナコからのアプローチに気づかない場面は何度もあるが、その一方で、無自覚に男を見せるシーンもある。
3巻の野球観戦回のラスト、エイジが不意に見せる男らしさは、ナナコじゃなくてもキュンとくる。
この漫画のキャラクターたち
川柳少女の沼はナナコとエイジだけではない。
脇を固めるキャラクター全員が魅力的で、全員に語りたいエピソードがある。
特に好きなキャラを語る。
片桐アマネ(部長)
エイジとナナコに次いで好きなキャラ。
「北金まりあ」のペンネームで小説家としても活動しているし、黙っていればそこそこ美人でスペック高い。
でもそれ以外が壊滅的に残念だ。
サングラスをかけての観察モード、ストーカーの達人ぶり。
ビジュアルで笑わせてくるシーンも多く、10巻の五郎丸ポーズはよく見たら浣腸だったり。
露出するたびに碌でもない失敗をしている。
顔写真の撮影をしたら怪しい広告に使われるし、受験が近づくほどバカになっていく。
でも部員たちのことはかなり気にかけている。残念だけど頼れる。そのバランスがいい。
柔道部部長との微妙に恋愛っぽい話は最終巻まで続く。
応援したいのに、なぜか笑ってしまう。
ちなみに漫画では部長の姉も登場する。
毒島ハナビ(エイジの妹)
ナナコとの絡みがとにかく癒される。
ハナビの幼稚園の歌に合わせて一緒に踊っているシーンは萌えた。
3巻で、自分といるとハナビに友達ができないのではと心配するエイジに対して、「にぃにを嫌う人はハナビもきらい」と言うシーンがある。そりゃシスコンになるよ。
子供らしさと、子供だとしても驚きの発言の組み合わせがいい。
最終巻では11歳に成長した姿が見られる。めっちゃ美人になっている。
大月琴(琴姉)
めっちゃ強くてナイスバティな美人のお姉さん。
右手に書かれた「5時 ローション 穴という穴」という謎のメモは今でも気になっている。
あと、エンストした車がギシギシなるネタ。どうやったらああなるんだ。
9巻のキャンプ回ではエイジへの想いがはっきりする。
アニメだと序盤で好意の匂わせがある程度だったから、「あ、本気だったんだ」とわかる回。
面白いだけじゃなく、ちゃんと芯のあるキャラだ。
他にも個性の塊が揃っている
矢工部キノは絵で表現する無口キャラで、場面ごとの絵柄の使い分けが見事。
占い師の花買タオはミステリアスを装っているが、作られたイメージと中身のギャップが味わい深い。
明司五町(こまち)はエイジに思いを寄せる文学少女で、なぜかヤンキーを装っている。
ナナコと仲良くなりつつもエイジとナナコの関係性に悩む姿が描かれていて、単なるライバルキャラで終わっていない。
10巻からは後輩の藤丸五央利(いおり)が登場し、顧問の倉阿佐子はチャランポランさが尋常ではなく、妹の咲良との姉妹コントが見どころ。
エイジの母は世界を飛び回るファッションデザイナーで笑い上戸。
ナナコの父・吉彦はナナコ大好きおじさん。
どの家庭もにぎやかで、家族回がハズレなし。毒島家は4人全員キャラが濃い。
監視カメラ回──このギャグセンスを見てくれ
読み返してやっぱり最高だったエピソードをひとつ紹介する。
部室に監視カメラを設置する回。
キャラたちが部室で次々と変なことをし始めるわ、誰かが謎の改造を施しているわでめちゃくちゃ笑ってしまう。
そしてオチ。監視カメラのことを忘れたナナコが着替え始めるのだが・・・そこからのギミックが最高に面白かった。
なんでそのギミックが用意されているんだ。
声を出して笑った。五十嵐正邦のギャグの真骨頂が詰まっている。
アニメは序盤だけ──原作はここからが本番
アニメは2019年に全12話で放送された。
1話約12分のショート枠だったため、原作の序盤エピソードが中心で、おおよそ3巻前後の範囲。
ただし構成や順番はかなり変わっていて、5巻のエピソードが含まれていたりもする。
ショート枠だったぶん、全13巻の作品の序盤しかアニメ化されていない。
読み返して驚いたのは、顧問の倉先生がアニメに出ていないこと。
原作では当たり前にいるキャラだから、いないことに気づかなかった。
それくらい原作にはアニメで描かれなかったキャラとエピソードが詰まっている。
アニメの先で特に良い展開を挙げる。
9巻のキャンプ回。 琴姉の運転エピソードも笑えるが、ここで琴姉のエイジへの想いがはっきりする。アニメだと序盤で好意の匂わせがある程度だったから、「あ、結構本気だったんだ」とわかる回。
10巻、2年生編の開始。 部長の部活引退、新入生・五央利の登場、「恋のキューピッド部」の始動。
近づきそうでなかなか近づかないななこたち二人をくっつけようとする周囲の動きが加わる。
恋のキューピッド部の解説回で出てくる、キノが描いたキメラ部長はなかなかのインパクトだった。
12巻、エイジの告白。 ここだけはネタバレを許してほしい。
11巻分ずっと噛み合わなかった二人が、ここでついに動く。
そしてナナコの返事。たくさんの言葉や想いが出てくる中で、ナナコが初めて声で「好き」と言う。
ずっと川柳でしか話せなかったナナコが、大事なことはたった一言の声で伝える。
この瞬間のために読み続けてきたのだと、本気で思った。
その後、「好き」を連呼するナナコが最高に可愛い。
13巻は付き合った後の二人のエピソードや、それぞれのキャラのその後、そして成長したハナビや将来の姿が描かれるまとめ回。大団円の最終巻だ。
表紙のナナコに会いたくなる
ちょっと変わった推しポイントだが、この漫画は表紙がすごい。
全13巻、毎回ナナコがさまざまな服装、髪型、構図で描かれている。
特に好きなのは7巻、10巻、11巻。
7巻は絵の具まみれのナナコ。筆を持って、体中にペンキが飛び散っている。顔を手で拭いながらの笑顔。
10巻はキャップを被ったカジュアルなナナコ。明るい色使いで、赤い目がまっすぐこちらを見ている。普段よりもキリッとした目も印象的。
11巻はセーラー服にアイスキャンディー。青空の下、振り返りながらキャンディを舐めているポーズ。
どれも普段の文学少女っぽさとは正反対の、快活さが出ている。
こういうナナコが見られるのが表紙の魅力だ。
五十嵐正邦の絵は、ただ綺麗なだけではない。
4コマのギャグ場面では大胆にデフォルメし、各話のラストの大ゴマでは丁寧に描き込む。
その振り幅が漫画としてのテンポの良さに繋がっていて、表紙はその画力が毎巻全力で出ている場所だ。
五十嵐正邦という作家を追いかける入口
川柳少女は五十嵐正邦の作品の中でも最も読みやすい入口だと思う。
全13巻で完結しているし、4コマ形式だからテンポよく読める。
五十嵐作品に共通する強みは、ギャグセンス、言葉のチョイス、個性豊かなキャラクター、テンポの良さ。
そして絵の表現のバリエーションが広い。シリアスな表情、ギャグの崩し方、大ゴマの見せ方──その全部が笑いや感情に直結している。
川柳少女にはそれが詰まっている。
もしこの作品が気に入ったら、『まったく最近の探偵ときたら』も読んでほしい。
こちらは2025年夏にアニメも放送された、五十嵐正邦のギャグセンスがさらに磨きのかかった作品だ。
『真夜中ハートチューン』もおすすめしたい。
こちらはラブコメの甘さに振った作品で、川柳少女とはまた違う五十嵐正邦の引き出しが見える。
川柳少女で五十嵐正邦を知り、探偵やハートチューンでさらにハマる。
この沼のルートは、私が保証する。
→ 関連記事:『聲の形』をまだ観ていない人間に告ぐ──この沼は一度落ちたら戻れない
参考情報源
- 五十嵐正邦『川柳少女』(講談社〈講談社コミックス〉、全13巻、2017年-2020年刊行)
- TVアニメ『川柳少女』(CONNECT制作、2019年4月-6月放送)
- 五十嵐正邦『まったく最近の探偵ときたら』(KADOKAWA〈電撃コミックスNEXT〉、連載中、TVアニメ2025年7月-9月放送)
- 五十嵐正邦『真夜中ハートチューン』(講談社〈少年マガジンKC〉、連載中)



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