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『令和のダラさん』沼ガイド──ぶっ飛んだ姉弟の日常の下に、何百年分の縁が埋まっている

アニメ

祟り神に無茶振りする姉弟のコメディ。

そう聞いて読み始めるなら、それで合っている。

上半身は巫女、下半身は大蛇。

そんな怪異に向かって、中学生の姉と小学生の弟がカップ麺とコーラを供え、「ダラさん」と呼んで懐く。

怪異のほうがツッコミに回る。

毎話、ちゃんと笑える。

でも、それだけなら沼にはならない。

この作品は読み進めるほど、さっきまで笑っていた日常の足元に、何かが埋まっていたことに気づかされる。

何百年も前の誰かの優しさと、それを信じ続けた男の数十年が、巡り巡って今の日常を作っている。

それがわかってくるほど、同じ会話が違って見えてくる。

その感覚を、ここで語りたい。

ダラさんと姉弟の会話がとにかくおかしい

まず入口の話から。

三十木谷(みそぎや)日向と薫の姉弟が、ぶっ飛んでいる。

祟り神を前にして怖がらない、では済まない。

怖がらないどころか、遠慮がない。

お願いの内容がろくでもない。

しかもそれを頼む時の顔がいい。

ニコニコしているのに、絶対ろくでもないこと考えてるだろ、と読んでいるこちらが先にツッコむ。

そして受ける側のダラさんが、優しい。

器用で、面倒見がよくて、なんだかんだ姉弟にクソ甘だ。

文句を言いながら全部付き合う。

この3人の会話が、ほんわかしている。

ほんわか、という言葉でいいのかわからないくらい内容はひどいのだが、空気はずっとあたたかい。

正直、この日常だけで読み続けられる。

過去編のことを何も知らなくても、3人のやり取りを眺めているだけで楽しい。

ここがこの作品の入口であり、最後まで変わらない土台だ。

姉弟は本当にやってはいけない線を知っている

ただ、この姉弟、特に弟の薫は、読んでいて「お前、倫理観ないんか」と思う瞬間がある。

それでも嫌にならない。

なぜか。

作中でダラさん自身が言っている。

この2人は、本当にやったらいけないことはしない。

大変小賢しいことに、そのギリギリのラインを見極めている。

これが効いている。

煽りも無茶振りも、線の内側でやっている。

だから読者も安心してひどさを笑える。

ヒヤッとする直前で、ちゃんと止まる。

もうひとつ。

2人ともダラさんが大好きだ。

言動は邪悪でも根っこはそこにある。

だからダラさんも怒りきれないし、読者も「まあこいつらなら」と許してしまう。

ぶっ飛んでいるのに嫌なやつではない。

この塩梅を崩さないまま続いているのが、この作品の日常パートの強さだ。

毎話冒頭の過去編が 本編と同じ重さで来る

ここからが本題になる。

この作品は、毎話の序盤に過去編が置かれている。

ダラさんがまだ人間で、巫女だった頃の話。

何があって、どうして祟り神になったのか。

最初はコメディの前に付いた重い前振りに見える。

でも読み進めると、これが前振りではないとわかる。

話がしっかりしている。

出し方がうまい。

一気に明かさず、少しずつ。

前回見えなかったことが今回見える。

そして、その後に続く現代パートと、きっちり繋がっている。

読んでいる側の体験としては三段構えだ。

シリアスにのまれる。

少しずつ明かされる謎にハラハラする。

それを踏まえて、現代の日常に戻ってくる。

この往復が毎話ある。

だから日常パートの笑いが、ただの笑いで終わらない。

直前に見た過去を抱えたまま笑うことになる。

過去編をおまけだと思って読み飛ばす人がいたら、それは一番もったいない読み方だ。

過去が進むほど 現代の見え方が裏返る

そして、これがマジでいい。

過去の話が進むほど、謎が明かされるほど、現代の見方が変わっていく。

理由は単純で、現代に出てくるキャラの半分以上が、一応ダラさんの眷属だからだ。

姉弟も、その母も、学校の先生も、隣人も、同級生も。

それぞれの家に、何百年も前からダラさんとの縁がある。

それが名前や仕事の中に仕掛けとして埋め込まれている。

気づいた瞬間、「あ、この人も」となる。

三十木谷の姉弟と母がそろってダラさん大好きなのも、あれは明らかに祖先からの遺伝だろw、と笑える。

笑えるのだが、笑っているうちに、縁が繋がりに繋がって今を形作っている感覚がじわっと迫ってくる。

そしてその縁は、巡り巡ってダラさん自身に返ってくる。

ダラさんは姉弟に振り回されっぱなしだ。

でもその振り回されるあれやこれやの中で、自分の過去を知り、自分のために動いてくれた人の頑張りを知り、それが現代まで続いていることを知っていく。

姉からかけられた呪縛からも、解き放たれていく。

笑っていただけの日常が、ダラさんにとっての救いの場になっている。

そう見えてきた時、この作品は沼になる。

十郎太 あんたすげぇよ

その縁の中心に、一人の男がいる。

十郎太。

過去編に出てくる、西の集落の大工だ。

この人が、マジで一途で実直なのだ。

人間だった頃のダラさんを好きになって、惨劇の後も信じることをやめなかった。

そこから数十年、彼女のために動き続けた。

下手をすれば自分が死ぬかもしれない相手に対して、だ。

眷属たちの過去の話を読んでいくと、この人の人となりがあちこちから見えてくる。

めちゃくちゃ人としてしっかりしている。

ほんとうに優しい。
所々の考え方や言動が、いちいちいい。

そして、現世で2人が結ばれることはなかった。
それなのに、町の神社に祀られている神様が、ダラさんと十郎太の2人なのだ。
結果的に、後世で結ばれている。

読んでいて、心がふっと温かくなる場所がある。
この作品ではそれがここだ。

十郎太、あんたすげぇよ。

そう言いたくなる。

あの石碑が誰の墓だったのか

この作品で、私が一番じ〜んときた場所の話をする。

アニメでもすでに出ている範囲なので書くが、十御田(とみた)家が管理している石碑がある。

あれが何だったのか。

ダラさんの、ではない。
祟り神になる前の、人間だった頃の彼女、木春の墓だった。

そしてそこに「十」の字が寄り添っている。
十郎太の一族の「十」だ。

さらに、それを遠い未来で、ダラさん自身が知ることができた。
人間としてのダラさんの墓が、ちゃんとあった。
それを守り続けた家があった。

そのことを、本人が姉弟との日々の中で知る。

祟り神として何百年も祠にいた存在が、人間だった自分を弔ってくれた人がいたと知る。

ここがめっちゃくる。

派手な場面ではない。
でも、過去編を毎話積み重ねてきた読者にだけ、この一点がまっすぐ刺さる。

読み始めるなら、ここまでは読んでほしい。

周りの大人たちも全員 縁の中にいる

縁の話は主役だけで終わらない。

脇にいる人たちが、みんなそれぞれに繋がっている。

薫の担任の筆木先生は、見た目で損をしている人だ。
ほんといい人なのに。
裁縫が趣味で、薫に頼まれてダラさんの衣装を作り続けている。

そして養護教諭の六十里先生との間に、なんとも言えないラブコメ臭がある。
幸せになれよ、と心から思う。
しかもこの組み合わせ、眷属同士だったりする。

隣人の五十子美和は、過去の話でガラッと印象が変わる。

芸術の眷属という出自もそうだし、イラストレーターとして勤めていた会社で何があったかも。

まあ、男子小学生を付け狙うのは流石にどうかと思うがw

薫の同級生の十御田柑菜は、出てくるたびにニヤニヤしてしまう。

薫のことが好きなのがバレバレなのに、本人だけ隠せていると思っている。
「ニマッ」としたくなる。

そして、ダラダラダラさん。
薫が作らせたダラさんの人形だ。
これが何気にめっちゃ好きで、しかも結構活躍する。

こういう脇の人たちに愛着が湧くのは、みんなが縁の中にいるとわかってくるからだ。

一人ひとりの背後に、ダラさんとの何百年分の繋がりがある。

だから誰が出てきても、その人の話をもっと見たくなる。

怖さを捨てていないから日常が成り立つ

ここまでほのぼのの話ばかりしてきたが、この作品は怪異としての怖さを捨てていない。

禁足地の祠を侵した配信者が、容赦なく呪い殺される回がある。

あれはしゃーなしだ。

不法侵入がどうこう以前に、あれに触ってしまった時点で、現世にまでいらん悪影響をばら撒くことになる。

ダラさんが守っているのは、そういうものだ。
ダラさんの腕をどうにかされると、最悪あの土地全体が死ぬ。

冗談抜きで、微妙なバランスの上に成り立っている世界なのだ。

そしてこの作品、呪い、術、霊力、異界といった妖怪関連の設定が、現代パートのノリに反してきっちりしている。

ふわっとした雰囲気で流していない。
だから、ほのぼのが嘘にならない。

本当に怖いものが本当にそこにあって、その上で姉弟が無茶をして、ダラさんが付き合っている。

土台が固いから、日常が軽く見えない。

妖に歴史あり 大蛇の章が始まる

土地由来の眷属たちの話が出切ったな、と思った頃に、今度は大蛇の話が始まる。
ダラさんの下半身になっている、あの大蛇。

かつての名前が出てきて、その過去が語られ始める。

確かに、あれだけ知性の高い存在なら、過去があって当然だ。

妖に歴史あり。
現時点では、大蛇が妖になるところまでが描かれている。

ここからどうなるのか。

どうあってもダラさんと衝突するだろうが、そこからどうなるのか。
私は、和解に行く気がしている。

ダラさんの姉はぶっちゃけ自己中でどうしようもなかったが、情をもつ大蛇であれば、もしかしたら。

そもそも、なぜ大蛇がダラさんに半身を渡したのか。
ここはまだ謎のままだ。

つまり、まだ終わっていない。

今読み始めても、一番大きな謎が明かされる場面に間に合う。

ダラさんの沼に落ちてほしい

笑って、じ〜んとして、また笑う。

過去が明かされるたびに、さっきまでの日常が違って見える。

この読書体験は、最初から順番に読んだ人の特権だ。

アニメも、簡略はあるがめちゃくちゃ面白い。
姉弟のクソみたいな言動をうまく表現できている。
薫の煽りで声を出して笑った。

アニメから入って、原作で過去編を追いかける、という順番でもいい。

ぶっ飛んだ姉弟と、クソ甘な祟り神の日常。

その下に埋まっている何百年分の縁。

両方まとめて、沼に落ちてほしい。

同じように、過去と現在が絡み合う沼を探しているなら、こちらの沼ガイドもどうぞ。


参考情報源

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